一番手企業が必ずしも成功するわけではない
自動車市場に関する新聞記事をもとに、市場参入の一番手企業が必ずしもその市場で成功するわけではない、という話をさせていただきます。
2020年10月、三菱自動車工業(以下三菱自工)が電気自動車アイミーブ「i-MiEV」を2020年度にも生産終了することが発表されました。今後ガソリン車やハイブリッド車に取って代わるだろうと予想されているEVの市場からの撤退です。
どうしてそういうことになったのでしょう?
アイ・ミーブは、三菱自工が2006年10月に発表し、2009年6月4日に量産製造を開始し、2009年7月下旬から法人を中心に販売開始された、大きな蓄電量を持つリチウムイオン二次電池を用いた世界初の量産電気自動車です。2010年末には、グループPSAにOEM供給され、「プジョー・アイオン」 (Peugeot Ion)、「シトロエン・C-ZERO」 (Citroën C-Zero)の車名で欧州市場において販売が開始されています。
三菱自工の当初の戦略は、アイ・ミーブを実験的にスタートさせ、電池の性能向上や価格面の改善を進めながら市場を獲っていくものだったろうと想像します。しかし走行距離は160km、価格は約300万円~と10年を経ても大きく改善されず、性能、価格感ともにガソリン車市場への参入障壁を超えることができなかったために、今回の生産終了という結果になったと思われます。
企業として、技術や特許などの知的資産への長期投資、あるいはEVへの優先的な資源配分が十分されていたのだろうか、と考えてしまいます。本当のところはわかりませんが、もしかすると一連のリコール隠しによる経営不振の影響が、資源配分をしたくてもできない大きな要因になっていたかもしれません。
三菱自工がアイミーブの生産終了を発表した同じ週、米カリフォニア州は2035年までに、州内で販売されるすべての新車を走行中に排ガスを出さない無公害車にするよう義務づけると発表しました。このような環境規制の強化は世界的に広がっています。英国はガソリン車とディーゼル車の販売を35年に禁止すると発表していますし、EUも今年から新車の燃費規制を段階的に強化しています。各国・地域の規制が強まる中で、これからはEVや水素で走る燃料電池車(FCV)の時代となるのです。
アイミーブの発表の一方で、独フォルクスワーゲンはSUVタイプの新しいEV「ID.4」の発注を始めたと発表しています。 同じレギュレーションかわかりませんが、「ID.4」の走行距離は最大520km、価格は約450万円~です。
EVで苦戦しているのは三菱自工だけではありません、コロナ禍や中国政府の消費者向け補助制度の打ち切りなどによる需要低迷の影響で、財務体質の弱い中国の新興EV自動車企業も厳しい状況にあります。経済のいち早い回復で中国国内市場の需要は戻ってきていますが、まだガソリン車やハイブリッド車に比べて割高感はあり、市場や地域によっては、消費者心理が一気にEVに買い替えようとならないことも事実です。投資家から先を見据えた投資を集めながら、企業が自動車業界における技術転換期を乗り切るのは楽ではないのです。
日本企業が量産EV投入で世界の一番手になったにもかかわらず、市場で成功しなかったことは残念でなりませんが、何より10年以上アイミーブのバリューチェーン(企画、設計、生産、販売、保守)に携わってきた三菱自工のエンジニアの無念を考えると、言葉に尽くせぬものがあります。 アイミーブの生産終了の発表は、一番手企業が必ずしも成功しないこと、世界と戦う日本企業が収益性を高めてもっと強くならなければいけないこと、成功するためには企業の長期的な無形資産投資が重要ということを再認識させてくれたという意味で、貴重な出来事だと思います。