定年延長とJob型雇用の考え方の導入

定年延長にあわせてJob型雇用の考え方を取り入れる銀行の話をさせていただきます。

三井住友信託銀行は2021年4月から、定年を60歳から65歳に引き上げます。
これまで多くの行員が定年時に再雇用を希望してきましたが、職務は限られ給与も減るのが一般的でした。 定年延長により、60歳以上の行員に対し、能力や成果を重視して給与水準などを決めるJob型雇用の考え方を取り入れます。就業地域の希望を聞く仕組みも導入されます。 職務を比較的明確にできることや人事制度の見直しが限定的なことが、60歳以上を対象にしたJob型雇用の考え方導入をやりやすくしているのかもしれません。転勤・異動が頻繁な業界にあって、合意に基づかない転勤・異動がない Job型雇用の考え方は行員にとってもメリットがあるのだと思います。

他の銀行でも、経験と知識のあるシニア層を活用する動きが広がっています。三井住友銀行も今年から定年を60歳から65歳に引き上げました。りそな銀行と埼玉りそな銀行は、21年度をめどに60~65歳までの間で従業員自らが定年を選べる制度を導入する方針です。 顧客の高齢化に伴って、銀行ではシニア層のほうが、老後の資産の相談相手としてより適しているというような事情があるのかもしれません。

厚生労働省 2019年「高年齢者の雇用状況」によると、高年齢者雇用安定法に基づく雇用確保処置(65歳までの雇用確保義務)の実施済み企業は161,117社、99.8%です。実施済み企業における雇用確保処置の内訳は、
 ①「定年制の廃止」が2.7%
 ②「65歳まで定年年齢の引上げ」が19.4%
 ③「65歳までの継続雇用制度(再雇用制度・勤務延長制度等)の導入」が77.9%
となっており、定年制度(①、②)により雇用確保措置を講じるよりも、継続雇用制度(③)により雇用確保措置を講じる企業の比率が高い状況です

「65歳まで定年年齢の引上げ」を実施している企業19.4%という割合は、2014年より3.8ポイント、2018年より1.3ポイント増加しています。301人以上の企業が11.1%、300人以下の企業が20.4%、全企業で19.4%となっており、大企業より中小企業の方が定年引上げに多少積極的なようですが、数字を見る限り、シニア層の労働力に定年引き上げまでの魅力を感じていないというのが企業の本音ではないでしょうか。再雇用制度などの固定費が抑制できる処置を採用することにより、雇用確保義務を果たばよいと考えているのだと思います。

老齢厚生年金(厚生年金の報酬比例部分)の受給開始年齢は、2013年度から2025年度にかけて、段階的に60歳から65歳に引き上げられます。それに呼応して高年齢者雇用安定法は2013年に改正され、65歳までの雇用確保が義務化されましたが、2020年の改正により、2021年4月から70歳までの就業機会確保を企業の努力義務とすることが決定しています。段階を踏んで努力義務を義務化していくことは既に織り込み済みであることと、国家予算の約1/3を占める年金を含む社会保障費の増大を担保する財源の目途がたっていない国家財政を考え合わせると、いずれある 70歳までの雇用確保義務化の改正にあわせて、年金の受給開始年齢も70歳に引き上げられるのではないかと思います。

三井住友信託銀行に話を戻すと、例えば、1年ごとに契約を更新するフルタイム有期雇用契約社員(嘱託社員)として、週3日勤務、給与大幅減になるような再雇用という雇用形態に比べ、Job型雇用の考え方を取り入れた定年延長の雇用形態のほうが、シニア層の労働意欲が高まることは間違いありません。日本型雇用(メンバーシップ型雇用)からJob型雇用への転換を考えるとき、制度面の変更規模やうまくいかなかかったときのリスクを考慮すると、いきなり全世代の社員を対象にするのはハードルが高いはずです。まずは定年延長するシニア層を対象に考え方を取り入れ、小さな仮説検証を繰り返すことで、企業に適した雇用制度を作り、徐々に拡大していくやり方もよいのではないかと思います。

Job型雇用については、銀行業界だけでなく、日立製作所、富士通、資生堂などもJob型雇用の転換・拡大を表明しています。これらの企業は、コロナ禍をきっかけに検討しはじめたわけではなく、社員の能力を引き出すための長年の取り組みがあり、その一環として導入するようです。目的やメリット・デメリットを明確にして、社員の能力を引き出せる制度を作るには、準備に時間がかかるということでしょう。

Job型雇用の狙いは、世の中の変化に対応した新たな事業を考え、事業に必要な職務に適したスキルを有する人材を登用して、企業の生産性を高めることです。スキルの要件は知識と実務経験です。よく知識を習得しただけでできると思い込む方がいますが、知っているだけでは実戦で期待されるアウトプットを出せません。スキルは実務体験からしか得られないといった方がよいと思います。たとえそれが失敗体験であっても貴重な裏付けとなるはずです。

Job型雇用を採用したとき、新たな事業の職務に適したスキルを有する人材をすべて外から雇うわけにはいきませんし、日本で実務経験を有する新卒人材を期待することも現実的ではありません。若手に知識の深化と実務経験を積ませる場を作るなど、制度を整えて、今ある人的資本を活かすための無形資産投資をしなければいけません。 しかし、現実には無形資産投資に消極的な企業が多いので、知識習得と実務経験を積むことに自ら投資して、スキルを高めることが必要なのだと思います。

定年延長から話が逸れてしまいましたが、定年延長と若手人材の育成、Job型雇用と人的資本への投資は、実は密接につながっているとわたしは考えます。

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